丹波黒さや大納言小豆の歴史
春日大納言小豆(黒さや)

大納言小豆の謂われと産地     特   徴     栽培ニュース

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  1. 寛永2年(西暦1625年 約380年前) 丹波の国亀山藩主(青山下野守)は、庄屋に丹波の国、国領村東中(現在の兵庫県丹波市春日町東中)で生産された小豆150sを納めさせた。
    150sの中から15sを精選して幕府に献上した。幕府はその中の幾分を京都御所に献納した。
    是が小豆献納の起源となった。 

    《大納言は殿中で抜刀しても切腹しなくても済むことから、煮ても腹の割れないこの小豆を大納言小豆との称号が与えられた。》
  2. 寛延元年 青山候が篠山に移封後も、同様にして東中から小豆を購入して、小豆献納は続けられた。

  3. 小豆献納は明治維新まで続けられた。

  4. 明治28年 大納言小豆の共同販売組合が設置された。

  5. 明治29年12月 合資会社となる。しかし、小豆は綿花の間作として栽培されていたため、綿花の栽培が衰退するのと時を同じくして、小豆の栽培も衰退する。

  6. 明治31年12月 合資会社を解散する。

  7. 大納言小豆は、東中の一部地域でしか栽培出来ないため、量産が出来ない。その為に(黒さや)を基に量産を目的とした品種に改良され、現在の春日大納言小豆になっている。
    ※ 原種(黒さや)は栽培面積が限られているため量産出来ない。その為、質より量が求められる時代には適合せず、生産者は激減する。しかし、品質の良さを知る農家では、自家用として作り続けていた。

  8. 平成12年読売テレビの「どっちの料理ショー」の特選素材に、この大納言小豆(黒さや)が取り上げられ、一躍脚光をあびる。

  9. 量より質を求める時代背景に後押しされ、大納言小豆(黒さや)を復活させるべく《黒さや会》を結成し、春日大納言小豆(黒さや)として特産品の生産に励む。

  10. 平成13年11月吉日 皇太子殿下 ご子息『愛子様』誕生のお祝いに、春日大納言小豆(黒さや)を献納する。





  11. 平成14年8月6日 「黒さや」商標登録取得。

  12. 市町村合併により、春日町は丹波市となる。この事により「春日大納言小豆(黒さや)」を「丹波黒さや大納言小豆」と称する

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