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丹波黒さや大納言小豆の謂われ 京都御所に献納されていた小豆献納の起源からの謂われです。 |
| 寛永二年領主青山下野守(當時亀山藩主) 丹波の国国領村東中に産する小豆は他の種類に比して優良なるを賞揚し、特に庄屋に命じ、精選種一石を納めしめ、更に其の内より一斗を特選して、幕府に献納す。幕府は其の幾分を京都御所に献ず。 是れ即ち小豆献納の起源にして、寛延元年青山候の篠山移封後も、此地より十石を購入して、三種の篩いに掛け、一石を得て幕府に献納し、維新に至る迄継続せり。 |
| (京都御所も多くの特徴を持った小豆を賞味し「大納言は殿中で抜刀しても、切腹しないですむ」ところから、煮ても腹の割れないこの小豆を「大納言小豆」と名づけたといわれている。) |
斯かる由緒を有せるを以て、維新後にも是が栽培に怠らず、明治二十八年大納言小豆の共同販売組合を設け、二十九年十二月、合資会社となして販売せしも、元来小豆は綿花の間作にあらざれば、収支償はざるに拘らず、綿花の栽培近年頓に衰微せしを以て、従って小豆の収穫も、、僅々四十石を過ぎざるに至り、需給の均衡を保つ能はず、明治三十一年十二月、合資会社を解散せしも、今尚ほ、之が栽培に従事せるものあり。 |
『丹波氷上郡志』下巻 編纂 丹波史談会 発行所 (株)臨川書店
(昭和2年12月20日初版発行・昭和60年7月20日復刻版発行)より原文のまま。
生産地 兵庫県丹波市春日町東中(大納言小豆の発祥の地です。)

丹波市春日町へのアクセス
☆自家用車観光バスで 大阪・神戸より1時間半 中国自動車道→舞鶴若狭自動車道(春日IC下車→県道春日栗柄線)
☆電車で JR福知山線 黒井駅下車→神姫バス(定期)野瀬行き、東中バス停下車