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三連休の最終日、天気が悪い。晴れたかと思うと、すぐに雨雲に覆われ風と共に雨がやってくる。
午後からは少し回復するという予報を信じ、まだ小雨が残る中を山南町へ向かう。
蛇山は2001年の干支の山。お正月早々に干支の山オフとだめちゃんの送別オフを行った山で
ある。それ以来だから7年ぶりに登ることになる。
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しめ縄が張られただるま岩(ズームで) |
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親縁寺から登ることにし、和田の町の中をお寺に向かう。中腹には大きな岩にしめ縄が張られ
麓からでもよく目立つ。この岩はだるま岩と呼ばれているらしい。
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| 親縁寺から登り始める |
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大手門曲輪 |
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親縁寺の裏手に木の階段があるので、そこから山へ入る。尾根を登っていくと、明瞭な道とな
る。だるま岩からの道で、あとで調べると、親縁寺よりも西寄りにだるま岩に至る道があるようだ。
低い灌木の道を歩いて行くと赤茶けた土が露出した平坦地に出る。ここは大手門曲輪とよばれ
るところだ。
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| 和田小学校コースと合流 |
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南曲輪 |
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大手門曲輪からすぐに和田小学校からの道と合流する。ハイキングコースとして整備されてい
るので、要所要所に標識が設置されている。木の階段もあり、
「7年前はこんなんやったかなぁ?」と薄れた記憶を紐解きながら歩く。あの時は雪が降り始め、
慌てておりたので、景色も何も見えずただ下りるだけだった。
登り始めに降っていた雨はやみ、青空が広がってきた。ぽかぽかと暖かく、12月とは思えない。
少し急な道を登り切ると、南曲輪に出る。
「南曲輪 傾斜地をけずり平らにして造った広場です。周りを急傾斜にし敵兵が侵入しにくく造
ってあります。戦時はここにも兵をおき城を守りました。この所を曲輪と言います。」
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| 下知殿丸曲輪 |
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堀切 |
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平坦な道を北へ歩くと、下知殿丸曲輪である。
「下知殿丸曲輪 この曲輪は、東・南・西の三方面のふもとから尾根があつまり、敵兵を防ぐの
に重要な位置にあります。南北に約六十m、東西に十五mの長靴状の曲輪です。」
なるほど、看板に書いてあるように百阡n場のような細長い曲輪である。
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| 井戸 |
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石垣の残る城跡に到着 |
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曲輪の先は堀切。堀切から山腹を巻く道を行くとすぐに堀井戸がある。標高300mにあるのは
珍しく、深さは7mほどあるという。
さらに巻き道を歩くと、若林・人間地獄方面と山頂との分岐があり、ここは山頂へ向かう。蛇山
オフのときはこの道ではなく、山頂から尾根を直に下りたように記憶している。
ほどなく石垣が現れ、瓦のかけらも落ちている。まさか、お城に使われていたものではないだろ
う。
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岩尾城跡 |
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展望は抜群!南正面に石金山・妙見山。ぐるーっと見回すと300度ほどの展望か。この展望の良
さ故、ここにお城が築かれたのだ。北東には五台山がしぐれている。しばらく景色を眺めていたいと
ころだが、雨が降ってきそうなので稲荷山登山口の標識に従って歩きはじめる。
少し北へ歩くと大柿布が下がっている。北への尾根には入り込まないように木で通行止めがして
ある。北へ進むと応地坂なので、東の尾根へ向かう。
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| Ca310から蛇山を望む |
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季節はずれのツツジ |
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次のCa310ピークに登ると岩尾城跡が逆光に大きなシルエットを見せている。空はますます
暗くなってきた。
季節はずれのツツジが北風に震えている。冬のツツジは色が淡く弱弱しく見える。
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Ca280付近から南を眺める |
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次のピークとの鞍部では南に展望が開け、親縁寺や和田の町並みが眼下に望める。正面に
は石金山から至山の山並。その麓には加古川が冬のやわらかな陽をうけてゆったりと流れて
いる。
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| シダの茂った道 |
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共同アンテナに出る |
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ポイント毎に「登山道」という看板が立っている。P258手前の鞍部まで来たとき、突風と共に雨
が降り始める。慌てて雨具を取り出す。あんなに晴れていた空はどこへ行ったのだろう。今日は
ほんとうに変な天気。晴れたり降ったり、また晴れたり・・・。
P258のピークに登ったころには雨は小降りになり、雨具もいらないほどになった。岩の多い尾
根道を滑らないように下りていく。登山道はよく整備され、オフの時よりも数段歩きやすくなってい
る。
Ca200ピークの東を巻いて下りていくと、テレビの共聴アンテナがあり、少し下ると鹿柵にぶつ
かる。 |
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| 八十八か所めぐりの石仏 |
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鯖大師 |
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鹿柵の前に祠に入った石仏が二体。八十八ヵ所めぐりのものらしい。扉を開けて尾根を下ると
稲荷山方面、鹿柵に沿って西へ歩くと法性寺というお寺への道である。鹿柵沿いに石仏が並ん
でいるので、法性寺へ下りることにする。せまい間隔でコンクリートや石組の祠が続き、小さな
番号札が立ててある。それらを眺めながら下りるのも楽しい。なかに鯖大師があり、鯖を手に持
った姿がなんとなくかわいい。 |
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| 妙見堂に出る |
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石仏配置図 |
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石仏道を下っていくと鹿柵の扉があり、開けてでるとすぐ下に祠が見える。法性寺はその下に
あり、無住なのか境内は静かである。
和田の街を小学校へ歩く。雨はやみ、また柔らかな冬の陽ざしが戻ってきた。穏やかな年の暮
れである。 |
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