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本州を背骨のように通る中央分水界。丹波市も栗柄峠から粟鹿峰付近まで分水界となって
いる。氷上町石生には本州で一番低い谷中分水界があることでも有名である。
今回は鴨内峠から蓮根峠まで歩くことにする。
東芦田の建設専門学校の奥に車を置き、もう一台で鴨内へ行く。鴨内の奥の鹿柵を開けよ
うとすると、11月30日まで松茸山で入山禁止とある。
「えー、15日までやったんちがうのー!」
李下に冠を正さず、で香良から五台山経由に変更する。鴨内峠よりも少し時間はかかるが、
霧が深いので雲海が見られるだろう。それを楽しみに五台山登山口へ向かう。 |
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| 岩瀧寺周辺も黄葉 |
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滝の周辺はまだ青い |
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岩瀧寺の駐車場に車を置き、独鈷の滝を見ながらお不動さんへの石段を登る。岩瀧寺辺り
は色づいていたが、滝の付近はまだ青いもみじもある。
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| 一つ岩付近は伐採されていました |
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こんな温度計があったなんて・・・ |
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藤の目渓谷から一つ岩に来ると、付近の木が伐採されている。9月に来た時は伐られて
いなかったので、それ以後のことだろう。
山頂には1時間ほどで着く。ふるさと50山の看板の支柱に温度計が付いている。
「こんなところに温度計があったなんて、初めて知ったわ。」
気温は10℃。風もなく暖かい。
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氷上町方面 |
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北方面の雲海 |
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春日町・市島町方面 |
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眼下には雲海が広がる。南は分水界の山々と島のように浮かぶ霧山。西に水山。霞んでいる
ので千ヶ峰は見えない。何とか粟鹿峰が確認できる程度である。北には姫髪山が浮かび、親
不知が大きい。東は小野寺山と鷹取山の黒いシルエットの向こうに春日・市島の雲海。黒井城
址がちょこんと頭をだし、小富士山も頭の先だけを覗かせている。
「もう少し遠くの山が見えればいうことなしなんやけど・・・」
もう少しゆっくりとしていたいところだが、今日はここが終点ではない。まだまだ先が長い。 |
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| 黄葉 |
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久しぶりの鴨内峠 |
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五台山から鴨内峠までの道は久しぶりに歩く。意外と黄葉がきれい。市島側は自然林で
なかなかいい雰囲気だ。30分で鴨内峠に到着。丹波市合併後も「市島町」「氷上町」の金属
製の看板は堂々と峠に立っている(^^)
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| クロイシ山へ |
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クロイシ山(点名 曼田良) |
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次の目標はクロイシ山である。ここを歩くのは2年前の5月以来。黄葉の季節もなかなか
いいな。鴨内峠から15分でクロイシ山(555.9m 四等三角点 点名 曼田良)。以前に比
べると籔っぽくなく、整備された感じがする。ここまでは氷上高年低山会の標識が立ってい
る。少し休憩して、次の穴裏峠を目指す。ずいぶん前に穴裏峠をめざして歩いたことがある
が、途中で尾根から外れて穴裏峠まで行けなかった。 |
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| 徒登行山岳会の布 |
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コン柱と紅白のポール |
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クロイシ山からは植林と広葉樹が多い。暗い尾根を北へ歩く。中央分水界でよく見かける
徒登行山岳会の赤い布が枝で揺れる。これまで、大岩山や美女山、丹波の分水界でみか
けてきたものと同じだ。
クロイシ山から北は京都府福知山市と兵庫県丹波市の境界尾根となる。尾根には青垣
町東芦田のコンクリートの標柱と紅白のポールが立っているので、それがあるとひと安心。
前回歩いたのはずいぶん前のことだが、その頃は藪だったところも少し歩きやすくなって
いる。新しいプラ杭があるので、それを埋め込む際に少し切り開かれたのだろう。桧の幼木
も少し大きくなっている。しかし、植林されたところはほとんど手入れがされず、暗い林床に
は草一本も生えていない。古いネットが残っているので足をひっかけないように歩く。
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| 黄葉 |
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植林が多い |
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植林の多い尾根だが、ところどころ黄葉が陽ざしを透かしていい感じ。
前回間違ったところはCa430の小さなピークである。西に岩屋山や吼子尾山が覗き、明る
いピークである。植林と自然林の切り開きがあるので、それに沿って行くと大間違い。前回は
ここを下りてしまい、穴裏峠まで到達できなかった。今回は間違わないように地図とコンパス
でしっかりと方向を見定める。
下った鞍部から西側を見るとすぐ下に林道が見える。前回はその林道を歩いて車道まで出
たことを思い出した。登り返したピークも要注意のところである。
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| 穴裏峠 |
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享保十七年の道造供養塔 |
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穴裏峠が近付いてきたのか、下から車の音が聞こえる。下をのぞくと木の間から道路が
見える。
トンネルの上を歩き、P399を下ったところが旧の峠である。「道造供養塔」と彫られた石
碑が静かな峠を見守っている。享保十七年とあるので、それからトンネルが開通するまで
はここが福知山への道だったのだ。東芦田に生まれた義母はこの峠を通って福知山まで
映画を見に行ったという。そのときもこの石碑はあったのだろうな。
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| 鉄塔跡 |
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倒木もあります |
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峠から少し登ると平坦なところに出る。鉄塔跡である。数年前にやまあそさんが来られた時
はまだ鉄塔があったようだが、今は碍子のかけらとボルトを少し残すのみで跡形もない。西に
展望が開け、義母の生家も見える。遠くには篠ヶ峰が霞んでいる。ぽかぽかと暖かいので、
少し早いがここでお昼にする。400mに満たない低山なので無線はだめだろうと思ったが、
OAPさんをコールすると、意外やクリアな声が返ってくる。OAPさんは三室山で、IXWさんと
も繋がっているようだ。残念ながらIXWさんの電波は届かない。三室山は積雪15cmほどあ
るそうだ。三室はすでに冬の装いだ。
交信を終え、さらに分水界を北へ歩く。クロイシ山からここまでは割合歩きやすかったが、次
のCa440付近は枯れた木が倒れて歩きにくい。倒木や植林の尾根を歩いてP452までよう
やく到達する。
下ったところは名のない峠で、福知山側にはいい道が下りている。
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| 広い尾根 |
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蓮根峠 |
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無名の峠から西へ歩く。ずっと「東」のコンクリートの標柱が続いていたが、このあたりから
黄色いプラ杭に変わり、プラ杭には「芦田財産区」と書いてある。尾根には掘れた道もあり、
昔は山仕事に使われたのだろう。
P467から下って次のCa410ピークを越えると蓮根峠である。ここで気を抜いたのか、410
から南西の尾根を下ってしまい、登り返す羽目に・・・。高名の木登りとはよく言ったものだ。
戻ったピークからほんの少しで蓮根峠に降り立った。ここを訪ねるのは2回目だが、峠の頂
上に大きなぬたばがあるのは前回と同じである。 |
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| 大正記念林の碑 |
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蓮根峠から下る |
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暗い峠には「大正記念林」という大正3年の石碑が立っている。この峠は東芦田から樽水へ
抜ける峠で、義母は子どもの頃にここを通って甘栗の眼医者さんへ行ったとか・・・。
蓮根峠からは山腹の道を下りていく。植林の中をなだらかなに下りていく道は植林用の作業
道だったかもしれないが、疲れた足には歩きやすい。 |
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| 展望地から五台山を遠望する |
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倒木の下をくぐる(>_<) |
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途中に展望の開けたところがあり、台形の五台山が頭を覗かせている。よく歩いたなあ。
破線の道は谷へ下りているので、山腹の道から急な道を下ると谷で道が途切れている。
これでは下りられないので戻って先ほどの山腹を巻く道を再び歩く。しかし、しばらくいくと
倒木が道を塞いでいる。
「どうする?」
「くぐるしかないなあ。」
倒れた木を何本もくぐっていく。
ようやくくぐりぬけた時には、ストックの先が抜けていた。(+_+)
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| 堰堤に下り立つ |
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ようやく |
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巻き道を歩いて行くといつの間にか建設専門学校の西の谷付近まで来ている。下には堰堤
が見える。道は先へ続いているが、ここで下りないと車を置いたところからはどんどん離れて
いく。例によって急な斜面を堰堤まで降りる。少し歩くと鹿柵があり、扉を開けてようやく今日の
山行が終わりとなる。建設専門学校の前を通ると、数人の生徒が我々を珍しそうに眺めてい
る。(^^)
車を回収に岩瀧寺の駐車場に戻る。五台山から五大山へ縦走されたなかなかさんたちはす
でに帰られたあとだった。 |
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