|
 |
|
|
癒しの森 |
|
|
|
新緑のブナの森を歩きたくて扇ノ山へ向かう。いつもは小ズッコ登山口からのピストンだ
が、今回は上山高原から畑ヶ平高原への道を歩き、途中から扇ノ山へ登る予定である。
以前、やまあそさんがMTB(マウンテンバイク)で走ったコースである。歩いてもそれほど
かからないだろうというので、上山高原に車を停め、畑ヶ平への標識のあるところから歩き
始める。畑ヶ平3.4km、扇ノ山4.6kmと新しい道標に記してある。この扇ノ山へ4.6km
というのは畑ヶ平林道を経由してのものなのか、それとも途中から破線の道を歩くコースの
距離なのか。とにかく歩いてみないことには・・・。
カッコウがのどかに啼いている。今年初めて聴く声である。そういえば、扇ノ山にくると、
いつもカッコウやホトトギスが迎えてくれるね。 |
|
|
|
|
|
 |
|
 |
| 上山高原から歩きます |
|
緑いっぱい |
|
|
谷沿いを歩くこの道は、「左馬殿道」と呼ばれる道で、因州若桜城主山崎氏が急な用
事の時には深山越に若桜へと通行、見地のため通行して、石橋、田中へ通っていた道
だそうだ。途中には木地屋敷跡もあるという。やまあそさんからは「お墓を見つけて」と
言われていたので、それも見つけないと・・・。
ほとんどアップダウンのない道は歩行が捗る。植林されているが、あまり手入れはされ
ていない。足下には、チゴユリ、ユキザサ。咲き終わったショウジョウバカマが長い首を
伸ばしている。
少し下って植林が切れると、谷にはブナやミズナラの巨木。先日の仙谷を彷彿とさせる
風景だ。
「いいねえ、ここ。」
ブナの新緑は心も体もリフレッシュさせてくれる。
地形図では、道が“く”の字に曲がっているのだが、歩いてみるとまっすぐである。古い
道の奥には家の跡があるようなので、ここが木地屋敷跡かも?
|
|
|
|
|
|
 |
|
 |
| お墓 |
|
お墓 |
|
|
などと思いながら歩いていると、
「あった!お墓!」
二基のお墓とその真ん中に石碑。お墓には小椋長五良という名前が見て取れる。長五良
さんの母と妹のお墓であるようだ。その長五良さんはどうされたのだろう。小椋という姓は
木地師に多いそうだが、このあたりに木地屋敷跡があったのだろうか。
木地屋は年中を深山で過ごし、ろくろを使って椀や杓子などを作っていました。平安時代
に小野宮惟喬親王から技術を学んだとされています。氷ノ山から扇ノ山系の山々を、良材
を求めて移動し、最盛期には約400人の木地屋たちが温泉町の深山にすんでいました。
明治になって陶器の普及によって衰退しました。今は、わずか数件の屋敷跡と墓標が残り
往時の栄華を忍ばせています。
(上山高原 エコミュージアムHPより)
400人の木地師とは驚きである。こんな山深いところを渡り歩きながら、病に倒れた母と
妹を弔ったのであろうか。
さらに歩いていくと、登山道のそばにまた一基のお墓。これも女性のものである。寂しい
山中に葬られなければならなかった昔の暮らしに思いを馳せながら新緑の谷を歩いてい
く。
|
|
|
|
|
|
 |
|
 |
| 花の終わったサンカヨウ |
|
沢沿いに歩く |
|
|
小さな沢を何度も渡り、ほぼ平坦な道を歩いて行くと、急に下っていく。霧ヶ滝の上流部
に出る。これまでの小さな沢と違って、水量の多い沢沿いに歩く。大きなクルミの木の下
でひと休み。咲き終わったエンレイソウのそばでおやつタイム。
道沿いには花の終わったサンカヨウが多く、花の時期にはきれいだっただろうな。ホトト
ギスやコマドリの啼く谷は平和そのものだ。
|
|
|
|
|
|
 |
|
 |
| コンクリートが・・・ |
|
古い道標(扇ノ山とある) |
|
|
谷が広がり、石垣が残っている。畑でもあったのだろうか、と思っていると、碍子が
転がり、コンクリートが残っている。ここが営林小屋跡だろうか。すぐ前の木の上で、
カラスヘビがひなたぼっこ中。突然の侵入者にねぼけまなこでこちらを見ている。
少し南へ歩くと、「扇ノ山」と書かれた古い標識が倒れている。すぐ近くには畑ヶ平
の標識。ここが破線の道との分岐であろうか。標識の方向は、倒れているし古いの
であまり当てにはならないが、その先に踏み跡があり、ピンクのテープが続いてい
る。ここはとりあえずピンクのテープ方向へ。
これまでの平坦な道から、少し急な登りとなる。植林の中の踏み跡程度の道だが、
なた目も入り、整備の跡が伺われる。 |
|
|
|
|
|
 |
|
 |
| 元気なブナ |
|
スミレが癒してくれる |
|
|
地図の破線の道は山腹についているが、尾根を登っているようである。植林と低い
雑木の中にブナが元気いっぱい空に向かっている。上に行くにつれて根曲がり竹が
目立ち始めてきた。
ひっそりとチゴユリやスミレ。登り一辺倒でくたびれ気味の体を元気にしてくれる。 |
|
|
|
|
|
 |
|
 |
| 根曲がり竹の中を歩く |
|
大ズッコに出る |
|
|
このまま尾根を登っていくと、大ズッコにたどり着くので、どこかで南へトラバース
するはず、と思っていると、植林が切れたあたりから尾根からはずれて南へ歩くよ
うになる。しかし、根曲がり竹の中を切りひらいた道は、とても歩きにくく、整備され
てから伸びてきた竹が行く手を阻む。登山道に出ているスズノコを折って登ってい
くが一人では限りがある。その間も父たぬきはさっさと歩いていく。
「50人ほどの団体が歩いたらもう少し歩きやすくなるかも。」とのんきなことを言っ
ている。
高度を上げると、仏ノ尾が木の間から顔を覗かせる。南には扇ノ山も見え、避難
小屋の屋根も見えてきた。
「大ズッコのブナ林も近いよぉ。」
根曲がり竹に足を取られ、蹴躓きながらようやく大ズッコと扇ノ山の鞍部に出る。
赤いテープがなければ、登山道からこの道へ入るのは難しいだろう。
|
|
|
|
|
|
 |
|
 |
| 展望台から鳥取市内方面を眺める |
|
山頂 |
|
|
ここからは歩き慣れた登山道。畑ヶ平からの道と合流し、展望台へ出ると、鳥取市
内が見え、湖山池も望める。扇ノ山へ来たときはほとんどがガスっているか霞んでい
るので、湖山池や日本海まで見えることは珍しい。
200mほど歩き、曲がった木(山頂の門と呼んでいる)をくぐれば山頂である。
外のベンチに男性が一人、そしてふるさとの森方面から単独男性。いつものように
避難小屋へ上がると、続いて単独男性も上がってこられた。
|
|
|
|
|
|
|
 |
|
|
避難小屋から氷ノ山 |
|
|
|
氷ノ山が今日は近い。双眼鏡で覗くと、先日下山途中に立ち寄った展望台が確認で
きる。なるほどこういう位置関係だったのか。今日も氷ノ山はたくさんの人でにぎわって
いることだろうな。
少し早いが、お昼ご飯にする。食べていると下で「ここは山頂ちがうよ。」という声。窓
から覗くとご夫婦連れ。
「ここが山頂ですよ。」と教えてあげる。そのご夫妻も2階に上がってこられ、にぎやか
になった。
無線でコールすると、高星山近くのIXWさんと繋がる。
その間にも、続々と山頂へやってくる人々。夕方用事もあるので、まだ11時半だが、
下山にかかる。
復路は、大ズッコ、小ズッコを歩くブナの道である。下りかけてすぐに、JCLさんの声が
無線機から聞こえてくる。氷ノ山山頂から御嶽のbhnさんをコールされている。お声が
けして、しばらく交信する。東尾根のドウダンツツジがとてもすばらしいそうだ。去年は
花がほんとうに少なかったが、今年は表年のようでたくさん咲いているようだ。
|
|
|
|
|
|
|
 |
|
|
MTBを見送る |
|
|
|
これから山頂へ向かう人々とすれ違いながら、広い登山道を歩く。来るたびにこの
道は広くなるように思う。
大ズッコを歩き、小ズッコの大石コースとの分岐付近まで来ると、向こうからMTBの
男性がやってくる。
「島田さんのお知り合いですか?」(私)
「いえ」(男性)
尋ねると、化石昆虫館から海上へ、そして上山高原から登ってきたそうである。下山
に使われるという左馬殿道のことを話し、「山であそぼっ」は、ときどき見ているという
男性にHPの宣伝をして別れる。その後、無事に車まで帰られたただろうか。
|
|
|
|
|
|
|
 |
|
|
芦生杉 |
|
|
|
大石コースの分岐近くには大きな芦生杉がある。大きな穴のあいた杉は、幾多の冬
の厳しさにも耐えて来たのだろうな。
|
|
|
|
 |
|
 |
| ギンリョウソウ |
|
ホウチャクソウ |
|
|
足下のギンリョウソウやホウチャクソウを眺めながら、ブナの森を歩いていくといつの
間にか河合谷登山口との分岐である。右にとって小ズッコ小屋へ。 |
|
|
|
|
|
 |
|
 |
| 小ズッコ登山口に出る |
|
栃の花を見ながら |
|
|
小ズッコ登山口まで下りると、家族連れが登って行かれる。こんな時刻から、と思っ
て時計を見るとまだ1時前である。
ここから林道を上山高原まで歩いて下りる。昨年の4月、残雪の林道を高原まで歩
いたことを思い出しながら・・・。
林道沿いには栃の花が満開。しょうぶ池をのぞき込むと緑色。新緑を映しているの
だろうか。 |
|
|
|
|
|
|
 |
|
|
上山高原にもどる |
|
|
|
30分ほどで上山高原に到着する。こんなにいい季節なのに、車はたぬき車ともう
1台のみ。せっかく整備されているのにね。
カッコウの声に見送られて高原を後にする。 |
|
|
|
|
|
|