丹波新聞1999年(平成11年)1月17日(日曜日) 一面見出し転載

この記事は丹波新聞社のご好意により転載させていただきました。


震災と子ども達 「1.17」から丸4年
妹に落書き帳とペン 新しい家族の形知る
物音に硬直する子ら 市島の自然に笑顔戻る
1個のあめ玉に学ぶ
初代市長選に出馬 西紀町長は進退ふれず 瀬戸篠山町長が表明
解説 初代篠山市長に求められるもの

丹波春秋

 先日、生まれて初めて冬の丹波を代表する味覚「ボタン鍋∵賞ぺた。氷上郡の山奥、青垣町で生まれ育ったにも関わらず、
「ボタン鍋」養葦にあがったことはないと記億している。
▼出身地を聞かれた時に「丹波」とうと、「秋にはマツタケ、粟、黒豆、山の芋。冬はイノシシのボタン鍋。おいしいものが豊富でよろしいなあ」と必ず言われるが、「マツタケはもちろん、ボタン鍋なんて高くて食べたことありませんよ」と答えていた。
▼子ども時代を思い出してみても一イノシシ自体になじみがうすい。鹿は冬に川に行けば、時折見かけることがあった。中学校の下校時には猟犬に追い立てられて逃げる血まみれの鹿が自転車で走っている僕を追い抜いていったこと募めった。
▼当時は山にもたくさんイノシシがいたのか、シーズンになると軽トラックの荷台にやたら犬を何匹も積んだ怖そうな猟師さんが大挙して集落の山にやってきていた。それでも最近はシシ肉の卸値が年々下がっていることと、捕れる数自体が減っていて、訪れる猟師さんの数も減る一方だそう。
▼縁遠かったイノシシを今年食べる気になったのは、近年にない大豊猟だと間きいたからだ。「捕れてるのだから安いに違いない◇安いうちに食べておこう」と思うのが人情。結果、にらんだ通り安かった。しかし、それでもそれは、普段日にしている牛肉の数倍もする高価なものだった。(T)

平成11年1月17日(日曜日) 第1面より転載  もどる