丹波新聞 1999年(平成11年) 8月19日(木曜日)

城下に響くデカンショ 暗雲遠のく総踊り 篠山  旧他町も祭盛り上げる
 篠山市が誕生して初めてのデカンショ祭が十五、十六日、篠山城跡周辺で開催された。初日はあいにくの雨模様だったが、祭のメーンである総踊り大会では雨があがり、雲間に月がのぞく夏の夜空の下で、幾重にも踊り手の輸がやぐらの周囲にでき、「デカンショ」の歌声が響きわたった。
○…祭の開幕を告げた十五日の市街地パレードで注目を集めたのが、篠山市職員労働組合が出したみこし。二メートル四方、高さ三メートルのみこしを、六十人ほどの〃男衆〃が「ヨイヤイサー」の掛け声勇ましくかついだ。
 みこしの中には、四人の女性職員がデカンショ娘や茶娘などに扮し、市の誕生を祝った。みこしの先導役を受け持つたのが、「山家の猿」よろしくサルの着ぐるみをまとった市教育委員会の尾形繁さん。サルの姿に「恥ずかしい」と照れ、「動いていないと、やりきれません」と、オーバーアクションでデカンショ踊りを披露していた。
○・・・二の丸広場であった開幕式の途中から激しい雨が降り出した。最後の鏡開きでは、会場の仮設ベンチから見物人が一人もいなくなり、来賓も席を立って雨宿り。それでも瀬戸亀男市長らが傘をさして鏡開きを行ったが、そのあとの振る舞い酒はさすがに中止。
 総踊りの会場では、2トン車3台分の砕石を敷きつめ、主催者がスポンジを使って水たまりの水を吸い取った。その作業に励んだ祭実行委員会の中西薫・企画部長は「市制第一回だし、何とか成功させたい」と。その思いが天に通じてか、総踊りは見事に実現。
○・・・三商店街内で行われたデカンショ踊りの競演会。各種グループや企業などから十連(チーム)が参加した。お盆に日程を変更したため企業の参加が少なく、雨のため参加を取りやめた連もあり、例年の半分ほどに減ったが、JR篠山口鉄道部から百二十人が繰り出したほか、時代劇のかつらをかぶり、十手を持ったユ二−クな衣装での参加もあって、楽しい共演に。「ヨーイヨーイ」「デッカンショ」の掛け声が商店街に響いた。
○・・・篠山市となり、旧の他町からの参加もめだった。屋外ステージで太鼓演奏を披露した「たんなん樽太鼓」は初めての参加で、「丹波杜氏」など計五曲を熱演。団長の福西正樹さんは、「このような大きなイベントで演奏でき、張り合いがありました」と満足そう。丹南商工青年部長でもある福西さん。焼き鳥や生ビールの屋台を同青年部が出店した。「ほかの旧町からもどんどん参加してデカンショ祭を盛り上げたいもの。また、ほかの町の祭をおたがいにバックアップしていきたいですね」と話していた。
○・・・青山歴史村でサギソウの展示会を開いた篠山市サギソウ保存会は、今年三月まで今田町サギソウ保存会だった。上月格男会長は「これまでは今田町役場の玄関前で展示会をしていましたが、篠山は観光客が多いだけに、さすがに見に来る人の数が違います。来年もデカンショ祭に合わせて開くことになるでしよう」と話していた。


 今年の夏はことのほか厳しく、客中見舞いや残署見舞いのハガキをもらうとホツトする。先日、本社宛てに東京中野区盲人福祉協会から一通の封書が届いた。
▼同協会は、目の不自由な障害者の働く場としてデイサービス施設を作るための費用を捻出するのが目的で、書き損じのハガキの収集運動をしでおり、「この時期にはたくさんの暑中見舞いハガキの書き損じ、書き残しなどがそのまま放置されることになります。年賀状や署中見舞いハガキが私たちを助けてくれる宝となって甦ることを訴える次第です」としたためられている。
▼同協会では十五年前の国際障害者年から運動を展開。その間に二百万枚を超えるハガキが寄せられ、働きながらマッサージの実習をする盲人自立センターを作ることが出来た。さらに、これからも夢を広げて、中途矢明者の働く場を建設したいという。
▼来年四月からは介護保険制度もスタートする。アンマやハリ、マーサージの資格があっても働く場のない人たちが沢山いるため、施設づくりを目指しているが、資金難で計画通り進まないことから家庭で眠っている書き損じハガキや使用済み切手、テレホンカード、オレンジカードなどを全国に呼ぴかけて集めている。
▼目の不自由な人のデイサービス施設が実現すれぱ全国で初めてとなり、会長の安藤功さんは「私たちの活動が全国に広まれぱ」と話している。間い合わせは東京都中野区中野2−29−15、サンハイツ中野408の東京都中野区盲人福祉協会(電話03-3383-4774)へ。(M)

  託児所
 
 取材で、ある講演会へ行った時のこと。自分の席の前の方に幼い子供を抱いた母親が座った。講師が壇上に上がり、話が始まった。しばらくすると、前の方から何やらひそひそと話し声。しだいにそれは泣き声に変わり、子供を抱いてパタバタと会場の外に飛ぴ出していく母親の足音に変わった。
 その問は、講師の話は右から左へとすり抜け、この母子のようすばかりが気になった。幼い子供に「泣くな」とは言えないし、忙しい子育ての合間にもいろんな知識を吸収しようとしているこの母親には、頭が下がる思いすらする。〃わかっちやいるけど〃正直、良い気はしなかった。
最近、講演会やセミナーなどの会場に託児所が設けられるケースが増えてきたように思う。ほかの受講生への配慮もあるだろうし、子育てからほんの数時間でも開放されて、興味のあることに没頭したいという母親の二−ズが高まってきたからだろうか。経験豊かなボランティアの育成をはじめ、中・高生の体験学習とうまくドッキングさせるなど、ますますこの傾向が広がっていけぱと期待する。
 お盆休みに我が家に訪れ、圧倒的なパワーと行動力、遊ぷことに対する欲求で家族を振り回す二人の甥を横目に「子守はまかせた」とぱかりに本を読みふける、母親となった姉を見てそんなことを考えた。(芦田)

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