丹波新聞 1999年(平成11年) 7月8日(木曜日)

新産業創造塾を開催 丹波の商工会 高齢社会テーマに
 丹波地域商工会振興協議会(会長=田中洋行・氷上町商工会長)は、今年八月から二月までの五回にわたって「新産業創造塾」を開くことを決めた。今後、ますます進展するであろう高齢化社会に焦点を当て、新産業を創出する人材を育成しようというもので、テーマは「高齢社会とビジネスチャンス」。同協議会では初めての試み。
 同塾では、丹波の地域性の一つにあげられる「高齢化」をビジネスチャンスと捕らえ、医療・福祉、生活文化、情報通信、流通・物流、環境、サービスなど、さまざまな分野から考えられる新産業を研究する。
 月に一回の開設予定で、コーディネーターと専門家を招いた講義、新しい分野へ進出した企業や公的施設への視察研修を行う。いずれも午後一時半から氷上町商工会館で。
 今後、日程や講師の人選、視察研修先などを詰める。受講料は五千円。商工業者を問わず誰でも参加できる。定員は先着三十人。申し込みは八月三十日までに各市町商工会ヘ。
 少子・高齢化、グローバル化など産業構造が多様化するなかで、丹波地域の方向性を探ろうと昨年度、丹波県民局の呼ぴかけで、県や各町、企業、福祉関係者らでつくる任意団体「地域産業活性化委員会」が発足。
 神戸商科大学の野間敏克助教授を座長に、高齢化社会にポイントをおいて三回にわたって話し合いが進められた。今回は、その成果を踏まえ、各商工会が中心となって、高齢化をテーマにした新産業の創出の気運を丹波全域に広げていこうと企画された。


 「ばら二本、一本は花大にして、一本は小。大 大なるを誇らず、小 小なるを恥じず、力の限り咲けるが美し」。二面に掲載した芦田恵之助先生顕彰会の講演会プログラムの表紙にこんな詩が書かれている。「ばら二本」というタイトル。恵之助の作である。
▼孫の倉員さんの公開授業を見た教師の一人は「先生はあれも、これもと子どもに多くを求めるきらいがある。自然な形で授業が進んでいた」と感想をもらす。
▼子どもの書いた作文を使った授業は「共に育ちましょう」という恵之助の教育理念の実践でもある。子どもの自由な発相を大事にした。「自分の思いを、自分の言葉で、力いっぱい書く」という言葉の中にそれがうかがえる。
▼恵之助は自伝に「竹田の山や川が私を育ててくれた」と書いている。晩年は故郷の法楽寺で子どもたちに自由学校を開いた。地元の樽井区では、同寺周辺の山の斜面を「夏椿の森」として竹田川を一望出来る地として整備しており、「恵雨庭」と名付けている。
▼その中に、学習交流の場を建設し、遺品や蔵書などを展示、日本文化伝承、子ども教育の実践の場にする計画もあるそうだ。
▼一つ、一つの一言葉を大切にし、作文の中に一言葉として出てこない作者の気持ちを読み取る力を養う。倉員さんの授業は印象深く、余韻を残した。
▼揺れ動く現在の教育。学級崩壊や家庭教育の様々な間題が露呈している時。ふるさとを愛し、教育の理想を追い続けた芦田恵之助の生きかたに学ぶべきことは多いのではないか(M)

  ボランティアと女性
 
 篠山東中学校一年生で、大阪のサンミユージックのタレント養成所に通う、俣野紀子さんを取材した。ダンス教師をする母秀美さんの影響でダンスタ始め、母子二人三脚で夢の芸能界デビューに向けて、レッスンに励んでいる。
 子どものころの夢を思い出して欲しい。「芸能人」と答えた覚えのあるお父さん、お母さんも多いのでは。でも、その夢はかなうことはなく、忘れ去られてしまう。大抵は何の努力もしないままに。
 俣野さんは努力している。毎日休み無しで、何かのレッスンを受けている。「しんどくないの」と尋ねても「しんどくない。とにかく全部がおもしろい」ときっぱり言う。スラッとした外観から、都会からの転校生と思う人もいるかもしれないが、実際は、根っからの丹波娘。普段練習しているスタジオも、設備は整っているものの、ぴっくりするくらい丹波の山の奥。
 ボーカルトレー二ングも、篠山の町中のカラオケ屋さんで受けている。大切なのは、環境でなく、意欲。夢を実現させようと取り組む姿勢。何か理由を見つけて諦めることが多くなった自分と照らし合わせ、光の射す方へと向かっていく俣野さんのパワーに励まされるような気持ちになった。(足立)

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